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拳聖忌

『拳聖忌』

本日、5月31日は、開祖保勇先生のお亡くなりになられた日です。

不出生の武道家として、天性の教育家として、また先見の明に富む思想家として、門内外の敬愛を一身に集めた開祖保勇先生は、「我に落日あれども我が流儀に落日なし」という辞世の言葉を遺し、2000年5月31日その波乱万丈の生涯を閉じました。

享年80歳。折りしも2000年は辰の年であり、5月31日は龍が西方へ身を潜めるとされている日でありました。

まさに天龍となられた瞬間でした。

 

《開祖宗家・保 勇 先生のご紹介》

少林寺流空手道連盟錬心舘 創始宗家 十段範士

称号 少林寺 守門

勲四等瑞宝章 受章

 

開祖(故)保勇宗師は、1919年(大正8年)鹿児島県奄美市に生まれました。

戦後当時、型至上主義の中にかたくなまでに固執していた空手道の封建制を打破。未開拓であった組手技術の一大集成をなしとげます。

 

人命尊重の見地から一貫して組手における安全性と合理性を追求。安全かつ実拭的な防具着用の試合制度を実施し、勝敗の明確化につとめ、スポーツ性と武道性を兼ね備えた真の大衆武道としての組織を確立。空手界に新機軸を打ち立てました。

 

又、空手道は東洋道義の根幹を形成する五徳(信義礼智仁)の涵養に最も資する武道であるというゆるがぬ信念の下、早くから空手道を通した人づくりに心血を注ぎました。

 

錬心舘創設時、既に若き門弟と共に「真の空手道の創造と健全な社会の創造」をめざし、日本全土に人間形成の空手道を広める「大志」を持ちます。その道程は耐乏困窮の中に困難を極めましたが、ウィリアム・ワーズワースの「暮らし低くとも 想いは高く」の言葉を愛し、艱難辛苦の日々を温め、錬心舘を日本空手界に冠たる一大拳団に発展させました。

その卓越した技量と人格により「空手界の至宝」と謳われています。

 

全日本少林寺流空手道連盟、鹿児島県空手道連盟、西日本空手道連盟を結成し会長に就任。

1964年 鹿児島県日置市伊集院町に拳士ヶ丘(総本山)を開山し拳士の塔を建立。

1965年 中国体育総会の招きを受け、武道家として戦後始めて中国大陸を訪問します。日中武術界の交流に努め、この方面でも先覚者としての道を歩み続けました。

数々の業績が認められ、文部大臣賞(1988年,社会体育優良団体賞・1994年,体育功労賞)など名誉ある賞を多数受賞。平成12年度の春の叙勲では、武道家としては希有の勲四等瑞宝章を受章しました。

 

不出生の武道家として、天性の教育家として、また先見の明に富む思想家として、門内外の敬愛を一身に集めた開祖先生は、「我に落日あれども我が流儀に落日なし」という辞世の言葉を遺し、2000年5月31日その波乱万丈の生涯を閉じました。享年80歳。折りしも2000年は辰の年であり、5月31日は龍が西方へ身を潜めるとされている日でありました。まさに天龍となられた瞬間でした。

 

いま、この一代の拳聖は、少林寺流空手道永遠の守護神として武道を志す全ての人に無限の威徳を及ぼしながら、錬心舘総本山(拳士ヶ丘)に祀られています。

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