全日本少林寺流空手道連盟 錬心舘 鹿屋南地区本部 鹿屋東部支部

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ブログ

イジメについて

【引用】

http://www5b.biglobe.ne.jp/~karate/html/sub_html.htm/study-busido/study_ijime.htm

全国の小・中学校でイジメ(以下本文中にはイジメと表記)を苦にしての自殺が起き、大きな問題になっています。

私は現在地域教育懇談会の会長を務めており、教育長から至急役員会、全体会を開催し地域でイジメを見逃さない環境つくりをする様にと要請が来ました。

また(社)日本空手協会にも文部科学省の依頼により一月八日から全国八百五十カ所の空手道場が協力し「イジメ相談空手ホットライン」を開設しました。

イジメは何時の世にも有りました。

しかしイジメによる子供の自殺が現在ほど問題視された時代はなかったと思います。

 

以前朝日新聞の声に欄に「やられたらやりかえす」と言う題で、小学校二年生の子供の母親から投書が寄せられていました。

『子供が幼稚園と小学校でイジメられてきました。

他の親たちは「友達にひどいことをされたら何故やりかえさないのか」と言う。

まだ状況判断の出来ない幼い子供は、やりかえすと言うことだけが頭にあり、違う相手でも自分がやり返せるのならかまわないと思い、その結果息子は自分よりも弱い子に強い態度を取り始めました。

やられたらやりかえすではなく、言葉という道具をもって事を解決できないでしょうか。

「やられたらやりかえす」を常識にしてはならないと思うのです。』といった内容でした。

 

そして後日同欄にこの記事に対して二人の意見が載っていました。

『自分がされて嫌なことは、相手にもしてはいけないと教えてきた。娘はやられてもやり返さないとの私の考えを守りました。そのせいか娘はいつも暴力を受けて帰ってきます。その暴力に「やめて」の一言が言えなくなってしまったのです。』

 

『お子さんがやられたときには、なにも言わずに思いっきり抱きしめたり、おんぶしたりして「やられたぶん、自分も苦しく痛いけれどそれ以上にお友達は苦しいのかもね」と「もし自分がお友達にやったらそのお友達も同じに苦しいし痛いよ」とお話ししてみてはいかがでしょうか。いつかはきっと理解するときが来ます。』と書かれていました。

 

空手協会の支部長を務めている何人かの指導員から「うちの生徒が学校でイジメにあい一方的に殴られた。彼は戦えば相手に勝つ事が分かっていたが、日頃から私が喧嘩に空手を使ってはいけないと教えていたので、その教えを守りじっと我慢した。」という話しを聞いたことがあります。

 

声の欄の投函者にしろ、空手の支部長にしろ、このような意見を耳にすると私は何と無責任な、自分は被害を受けない高見に立って薄っぺらな博愛主義を述べ、悦に入っているのだろうかとつくづく感じます。

しかしこういった考えは特殊ではなく多くの日本人が共通に持っている考えではないでしょうか。

 

戦後教育の中で「相手に対する優しさが一番大切であり、それさえ有れば全て良し」といった弱者善人教育がなされ、人は良いが骨のない人達が出来上がってきました。

善人自体は悪いことだとは思いませんが、善人というだけの人が増えたならばその国は滅んでしまいます。

 

以前、民主党の党首であった前原代表が「無制限に近く行われている中国の軍事力拡張が、世界全体の不安要因になる。それは我が国にとっても脅威である」と意見を述べたのに対して同じ党の鳩山由紀夫幹事長が「相手の善意を信じれば脅威とはならない」と脳天気な信じられない反論をしていました。

これなどは正に善人の亡国論です。

 

善人という者は自分が善人であるということに安住し、とかく偽善者に陥り易いです。

その偽善的な考え、ひ弱さがイジメを助長するのです。

 

声の欄に「やられたぶん、自分も苦しく痛いけれどそれ以上にお友達は苦しいのかもね」と書かれていましたが、イジメている人間は決してイジメながら心を痛めてなどいません。

そのような心の持ち主ならば始めからイジメなどしません。

 

私の知る限り、やられた場合におとなしく反抗しない子供に対しては、イジメは益々エスカレートしていくのが現実です。

弱い子供、おとなしく言い返せない子供にイジメは集中していくのです。

そして弱い子供ほど、より弱い子に対してそのはけ口を求めていくのです。

「やるならやって見ろ、やったらやりかえすぞ」と言った気迫がある子供に対しては絶対といっていいほどイジメはエスカレートしていかないですし、正義と気迫を備えた子は弱い者にはけ口を求めたりしません。

ですから子供には「やられたらやりかえす、弱い者をイジメている者がいたら、オレの正義が許さない」といった個としての信念を確立させることが大切なのです。

最後の一線、これだけは絶対に譲らないぞと言った覚悟、芯の有る子を育てることが大切なのです。

 

我慢を教えることは大切ですが、その年代の子供に理不尽な事に対する我慢や耐えることだけを強いるのはあまりにも酷です。

却って子供の心を歪める結果と成ります。

 

人間は決して一人で生きていくことは出来ません。

社会の一員として暮らしていかねばなりません。

そこには必ず意見が違う、言うことを聞かない、感情的に面白くない、生意気だ、等の感情が相手に対して大なり小なり起きます。

そこに人と人との摩擦が起き、場合によってイジメに発展するのです。

 

人間は感情の動物ですから優越感や差別、好き嫌いは有って当然です。

イジメを無くすと言うことは、このような感情を全く無くそうと言うのと同じです。

感情が無いと言うことは恋心も愛情も無いと言うことです。

感情を全く持たない人間がもし側にいたとしたら、これこそ不気味です。

人間が人間である以上、どんなに努力しても人間関係による摩擦、すなわちイジメは永遠に無くなることはありません。

国会を見て下さい。

人の揚げ足を取りいかに相手を引きずり下ろすかに終始しているのが国会中継で毎日流れています。

国民の代表として議員となった人達でさえこの有様です。

イジメを無くそうなんて思うこと自体が幻想です。

世界中何処に行っても、世代にかかわらず必ずイジメは存在します。

 

勿論現在イジメられ悩んでいる人に手を差し伸べ、心を癒し救ってあげることはとても大切なことです。

誰かが手を差し伸べなければ潰れてしまうのも確かですが、絶対に無くなる筈の無い物を無くなるのではと考えるのは現実から目をそらす、空想の世界への逃避です。

 

世の中のイジメが無くならないのならば、小さい時からイジメに対する抵抗力を付けてやることが大切です。

子供の時に温室で育て抵抗力を付けずに、社会に出た途端自分の至らなさを指摘されビックリし、ニートになったり引きこもりになったりします。

そのような抵抗力のない若者ニートが現在85万人もいます。

 

私が以前「イジメは絶対に無くならない、無くそうと思うのは幻想である」と言ったところ「瀬戸さんは今までイジメられたことが無いんでしょう」と言われました。

昔の空手の先輩は「先輩という字は無理ヘンにゲンコツと書くのだ」と豪語するくらい理不尽でした。

今思うと毎日がイジメの連続でした。

しかし私はそれを当時はイジメと感じていませんでした。

 

子供の時から小さな摩擦を経験させ、イジメをイジメと感じないタフな精神を養うことが大切です。

つまりどんな無理難題でもイジメと感じなければ乗り越えることが出来るのです。

 

現在の教育では他人に対しての優しさばかりが強調され、人間として生きていく上で最も大切な「何が正しくて何が間違っているか」の価値判断をきちんと教え込んでいません。

正邪善悪をきちんと教え、悪に立ち向かっていく勇気を教えていないのです。

これは、読み書き計算よりも大切なことです。

 

イジメている子を見て注意したらその矛先が自分に向いたり、無視され孤立するから注意出来ないという話しをよく聞きます。

真の勇気とは孤立することも恐れない勇気のことです。

人はとかく孤立し一人ぼっちになることを恐れますが、人は一人で生まれ一人で死んでいくのです。

誰も死ぬ時に付き合ってはくれません。

生きている時に、自分の足でしっかりと大地に立ち、歩かなければ生きた証となりません。

一人になることを恐れなければ、何も恐れるものはありません。

恐れるものがなければ堂々と自分の信じる道を主張することが出来ます。

正義とは何か、その正義に対して立ち向かっていく勇気を教えることが大切なのではないでしょうか。

 

【引用】

http://www5b.biglobe.ne.jp/~karate/html/sub_html.htm/study-busido/study_ijime.htm

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