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琉球史的に見る空手の「気合い」考

琉球史的に見る空手の「気合い」考

 

2020年、空手が東京オリンピックの正式種目に採用されて、海外の空手家の中には、空手発祥の地・沖縄の空手を見直そうとする動きがみられる。

 

そのひとつが「気合い」である。

気合いとは、型の中の見せ場のような箇所で発する気合いのことである。

 

沖縄空手の古流の中には、型の中で気合いは発しないものがある。

そもそも空手の型で、気合いは発しないものであったらしい。

現在、一般的な競技空手にみられる型の中の気合いというのは、戦後始まった新しい伝統とのこと。

 

もともと、沖縄の空手の型というのは、息を潜めて、動作も音を立てないように、たとえば道着をパーンと鳴らしたりしないで稽古するものであった。

これは稽古自体を、一子相伝、秘密裏に行ったからである。

 

沖縄空手家のひとりである本部朝基は、戦前の琉球新報の座談会記事で、以下のようなことを語っている。

 

昔の武術者は何を目標にしていたかと言うと、昔は手を習うにも隠れて人に見られぬように、こっそりと先生の家に通ったもので、それも夜の明けきらぬ暗いうちに行き、巻藁を稽古するにも音を立てないようにしたものだ。棒の稽古などもカチカチ音たてぬように藁を巻いてやったものである。(『琉球新報』昭和11年11月10日)

 

ここでは、型については述べられていないが、不用意に音を発しないで稽古した当時の様子からして、型でも気合いなど発しなかったことは容易に想像できるであろう。

 

では「演武」の場合、どうだったのか?

そもそも空手の演武とは、冊封式(中国使節の受け入れ)のあとなどで、国王の御前で披露するものであった。

 

封建社会の厳格な礼法の観点から考えても、臣下が高貴なる国王に向かって大きな声を発したりするのは考えがたいことである。

演武の中で、気合いは、用いなかったと考えるのが普通である。

 

https://ameblo.jp/motoburyu/entry-12397394685.html

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