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五十四歩

【五十四歩】

 

https://ameblo.jp/motoburyu/entry-12358696681.html?frm=theme

参照

 

先日、糸東流出身の方が面白いことを書かれていた。

それは、五十四歩をウーセーシと中国語読みするようになったのは戦後のことで、沖縄のある空手家が「中国ではウーセーシと呼ぶんですよ」と言ったところから、ウーセーシと言うようになったという。

 

実は、五十四歩を戦前の文献でウーセーシと表記しているものを読んだことがなかったので、いつからウーセーシと呼ぶようになったのか、以前から疑問を抱いていた。

 

たとえば、昭和9年(1934)の『空手研究』に記載の遠山寛賢(旧姓親泊)師による五十四歩の写真では、「ゴジウシホウ」とフリガナが振ってある。

 

その隣には、これは「屋部氏五十四歩の型」であると書いてある。

おそらく屋部憲通師は松村宗棍師からこの五十四歩を学ばれたと思うが、すると松村時代からこの型は中国語読みはされていなかったのではないだろうか。

 

この『空手研究』には摩文仁賢和師による「壹百○八」の型の写真も掲載されているが、そちらは「スーパーリンパイ」と中国語読みでフリガナを振っている。また「百歩連(ペツチユウリン)とも云ふ」と書いてある。

 

空手の型の名称は福州語や閩南語が多いそうだが、どのように発音されてきたかは、型の源流をさぐる上で重要である。

型が誕生した地域が特定できるかもしれないし、その地域で伝承されている中国武術の門派と比較して、もともとどの門派の型だったかわかるかもしれない。

 

逆に、五十四歩が中国語読みされていなかったということは、この型は中国風の名称を付けたが実は沖縄で創作された型だったか、あるいは中国で習得された型だが、伝承者が型の名称を聞かなかった、もしくは忘れてしまったので、新たに沖縄で五十四歩と命名した、ということもありうる。

 

五十四歩は松村宗棍師が中国で学んできた型だという説もある。

もしそうだとすると、それが北京だったのか福州だったのか特定するためにも、後付けで中国語読みを付加するのは慎重であった方がいいと思う。

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