全日本少林寺流空手道連盟 錬心舘 鹿屋南地区本部 鹿屋東部支部

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ブログ

錬心舘の自由組手について

【錬心舘神戸北支部・臼井支部長のブログより引用しました。】

なぜ錬心舘の組手は美しいのだろうか?
少林寺流錬心舘空手道全国大会の組手試合を観戦すると、まず第一に礼儀正しい佇まいから試合の世界に入っていく。
正座をして、落ち着いて防具を着用する。勝敗うんぬんよりも、繰り広げられる手技、足技の豪快さに感動する。
一見華奢な体ながら(ひいき目と言われるかもしれないが、錬心舘拳士はたいがい紳士然とした風貌)、大胆華麗な大技でキメる姿は圧巻である。
おそらくは選手が繰り出す秘技に潜む高い精神性(勇気、決断力、集中力、先見力等)が見る者を魅了するからだろう。

では、なぜ高い精神性が技にこめられるのか?
それはひとえに、ご宗家の「錬心舘の長い歴史の中で稽古、試合において一度も事故がなかった」というお言葉からも伺えるように、創始宗家が打ち出した『人命尊重を最大の柱とし、試合は高校生以上で防具を着用して行う。骨格や筋肉が発育途上の小・中学生には組手試合はさせない。』『型と組手は両輪である。型をおろそかにしては武道とはいえない。型は自分との戦いでもあり、人間形成に大きく生きている。組手だけに偏ると、その命は夏の蝉のようにはかない』という一貫して揺るぎない錬心舘理念が創立以来脈々と生き続けているおかげだと思う。

美しさの所以は、人間形成を真に主眼とした「武道・錬心舘」で型の錬磨に励み、組手という実践技術で大きく開花した拳士達が、公明正大な試合制度のもと、技をコンタクトに余すことなく発揮できるからであろう。
突き・蹴りをストレートに対戦者に当てることができることは醍醐味であり、鍛え上げた突き・蹴りの稽古が活きる瞬間でもある。

余談だが、2月の本山研修において、宗家先生から「今後、女性のリーダーなればこそ、子供を産む母親の立場に立ち、体を傷つけあうことのない健全な空手道を普及するにふさわしい。」と頂いたお言葉も私の胸に深く刻まれている。

さて、話は変わって、今までに習ったことをノートに書き留めた「組手の心得」の中から抜粋して以下に紹介する。*引用文は「拳友時報」他

~常に主動性を確保すること。攻撃する時はもちろん、受けるときでも自分は相手に突かれるのではなく突かせているのだという積極的観念をもたねばならない。このモチベーションが高まれば組手の上達につながる。 野球のキャッチャーを例えればよく理解できる。形の上では投手に球を投げつけられる存在。しかし実際は常に投手に投げさせている。だから、どんな速い球でも流すように受け、瞬間的に球の勢いを滅殺できる。  ~また、相対しているようで、実は相手の呼吸に合わせることが大事。これは合気の理論で、気合はあくまで押し、合気は押してきたら引く。引いてきたら押す。緩急の精神を持って気に合わせて逆らわないこと~

「柔とは 押せば引き 引けば押すの心なりけり」

「柔とは 人の心を我にして 揺れる柳の心なりけり」

剛の術を競い合う組手であっても、この武道秘歌が心得を端的に言い表していると師から学んだ。

「うつすとも水は思わず うつるとも月は思わず 広澤の池」

水は映そうとは思わず、月は映ろうとも思わないが、雲間から月の姿が現れた途端、月影は水の中にある。
もし広澤の池が波立っていたり、濁っていたら、月影は砕けていくつもになり、この影に迷っては手も足も出なくなる。
月が出れば月影を宿し、鳥が飛べば鳥影を宿す。
判断を誤らない公正なる心眼を磨くこと。

技を磨き、心を磨き、生まれる組手とは、ただただ奥が深く、それゆえ美しい。

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