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師匠を批判してはならない

https://ameblo.jp/motoburyu/entry-12301094435.html

より引用

「師匠を批判してはならない」

明治年間に2度首相を務めた公爵・松方正義(1835-1924、薩摩藩出身)は、示現流の使い手であった。この松方が示現流第十代宗家・東郷重毅に提出した起請文の中に以下の文言がある。

 

一、対御師匠御家、御孫々至、無悪心候勿論、御家流儀悪立企人於有之者、無疑打可候

 

現代語訳:

一、御師匠(重毅)や御家(東郷家)並びにその子孫に至るまで、裏切り行為をしないのはもちろんのこと、もし御家流儀(示現流)の批判を企てる人があれば、疑うべくもなくこれを打ち倒す。

起請文というのは、今日で言う入門願書のことである。ただし普通の入門願書ではない。神仏の名を書き連ね、もし起請文に書いたことに違反すれば神罰、冥罰が下るのも甘受すると誓うのである。

 

上の起請文は明治29(1896)年5月に提出したものであるから、松方正義が2度目の総理大臣を拝命する4ヶ月前のことである。総理大臣経験者が示現流宗家、東郷家並びにその子孫に至るまで忠誠を誓い、もし示現流を批判する者がいれば疑いもなくこれを打ち倒すと誓っているのである。

 

言うまでもなく、示現流は沖縄の空手に大きな影響を与えた。18世紀にはすでに沖縄で示現流が教授されていたことは、阿嘉直識遺言書に記されている通りである。したがって、示現流の技だけでなく、その精神も当然沖縄に伝えられたはずである。

 

……伝えられたはずであるが、いったい実際に師匠の教えや流派の伝統を忠実に守っていかなければいけないと考えている空手家はどれくらいいるのであろうか。

 

筆者自身、上原清吉先生が亡くなって数年しかたたないにもかかわらず、「上原先生の教えは古い」、「本部御殿手は実戦では役立たない」などと批判する何人かの門弟の姿を目の当たりにした。

 

そして、批判するだけでなく、彼らは勝手に師伝の技や型を改変して、公開の場やメディアで披露したりした。しかし、メディアの前ではもちろん師匠や流派批判などはしない。彼らは忠実な弟子を演じていた。その裏表のある姿にまた唖然とさせられた。

 

彼らは当然流派を出されることになったが、同様のことは他流派でもあるのではないであろうか。考えて見れば、糸洲安恒先生ですら、

 

(唐手は昭林流と昭霊流からなり)其儘(そのまま)保存して潤色を加ふ可らざるを要とす。

 

と「糸洲十訓」に書いていたにもかかわらず、松村先生その他から教わった型を改変していたわけである。

 

先日、沖縄タイムスで、アメリカ在住の空手家・大城利弘氏の記事が載っていた。そこに

 

たとえ、尊敬する師から習った型や動きであっても、それをそのまま引き継いでいくことが正しいのか。実はその師匠がかつての伝統を変えたとも考えられ、「伝統とは何なのか、掘り下げて考えなければならない」と強調する。

 

という文章があった。確かに師匠の言っていることだからといって、歴史的に正しいとは限らない。師匠自身が改変しているかもしれない。いや、実際そういう例は多いであろう。だから、沖縄県が型をオリジナルに戻そうと、言い始めているわけでもある。

 

しかし、考えてみれば、これまで空手家が師匠の教えを守っていこうという意識が希薄であったから、今日、師匠の教えも疑ってみなければならない、となってしまったのではないであろうか。

 

卵が先か鶏が先か、のような話であるが、まずは師匠批判はしない、師匠の教えは守る、という意識を空手家が深く持たないと同じことがこれからも繰り返されるにちがいない。

 

空手のブランディング事業の一環として、「型をオリジナルに戻す」という以前に、まず空手家自身が師から伝えられた伝統を大切にする気持ちをもたなければ、それは本末転倒なのである。

 

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