全日本少林寺流空手道連盟 錬心舘 鹿屋南地区本部 鹿屋東部支部

TEL 090-1083-0941 鹿児島県鹿屋市寿四丁目736番地1

公益財団法人日本体育協会日本スポーツ少年団の加盟団体です。

ブログ

資料:王子平(中国武術家)

http://chinawushu.web.fc2.com/page_jiten.html

より引用

 

昭和40年、中国武術界の招聘を受け、日本の武道家として戦後初めて中国を訪問した開祖宗家。広州、長沙、武漢、北京、西安、延安、杭州、上海にて錬心舘空手道を公開し、中国各武術家と交流したとあります。

その中で、中国側の重鎮として応対して下さったのが「王子平」先生です。

紹介記事がありましたので、資料として添付いたします。

 

■王 子平(1881~1973)

回族。河北省滄州の出身。

武術の世襲制の家に育ち、幼少の頃から家伝の武術を学ぶ。

それから、沙宝興と馬雲龍から滑拳を学び、その後、楊鴻修から査拳を学ぶ。

「神力千斤王」と称され、北京、上海、済南等の地において何度もアメリカ、日本、ドイツの外国の格闘家、武道家を倒し、名声は広く知られた。

北京通州税局で同じ滄州の出身の武術家であり天津一帯の地域において「千里追風侠」と称された馬鳳図(税局の局長)と一緒に仕事をし、馬鳳図とその弟の馬英図たちと一緒に切磋琢磨して練習に励んだ。

その後の1923年、上海で開催された全国武術運動会大会において、演武した。

1928年、南京中央国術館が設立した後、「少林門門長」となる。

1949年の解放後、上海に住み、医療の仕事をした。

1959年には全国の武術家の代表として中華人民共和国建国十周年の祭典に参加する。

1960年、80歳の高齢にもかかわらず、周恩来総理に従ってビルマへ赴き、その武術団の総教練となる。

全国政協委員、中華全国体育総会委員、中国武術協会副主席、上海中医学院傷科教研室福主席などを歴任。

娘の王菊容(1928~  )は著名な武術家である。

王子平は近年、中国全土を震撼させた著名な武術家である。

  • よくある質問
  • お問合わせ
  • 少林寺流空手道 錬心舘 鹿屋南地区本部 FACEBOOK
  • 少林寺流空手道 錬心舘 総本山 公式ホームページ

▲ページトップへ